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見た閘門。

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 船頭平閘門(せんどうひらこうもん)は、いつものドッグランの目と鼻の先にある木曽川と長良川の間をつなぐ閘門。下品なタイトルでごめんちゃい。



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 このブログに何度も出てくる木曽川・長良川・揖斐川(いびがわ)は下流部で合流するため木曽三川(きそさんせん)と呼ばれていて、合流する周辺地域は洪水等の水害が絶えませんでした。

 江戸時代、薩摩藩士が治水工事にあたってくれましたが、根本的解決になったのは明治時代に三川分流工事を行ってから。

 そうなると、かつて木曽川から長良川の対岸まで行けたものが、わざわざ河口地域まで迂回する必要となり、船での物資輸送に支障が出ることも予想されたので分流工事と並行して木曽川と長良川の間をつなぐ水路が建設されたのが画像の施設。

 下の画像を見ていただければ雰囲気をつかんでいただけるかと思いますが、両河川の水面の高低差が約1メートル、あったこともあり、その調整をしたのがこの閘門で、それを姉弟で見た閘門♪

IMGP2687.jpg

 明治に作られたものが手動から電動への改修工事が行われたのはなんと平成に入ってから(1994年)なんだから驚き!作った方はオランダ人の技師、ヨハニス・デ・レーケさんで私達がよく遊びに行く砂防ダムも作られた方、いい仕事してますね~。門の近くに像もあります。

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 2000年に閘門が重要文化財に指定され、周辺一帯は船頭平河川公園として整備、木曽三川の治水工事に関する情報公開の拠点として木曽川文庫という施設も建てられ、明治に作られた門も展示してあります。

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 ご覧の通り、明治に作られたのが信じられないぐらい閘門はデカくて立派!左右長さの違いが川の高低差ってわけですね。完成した当時は年間約2万隻の船の通過があったそうですが、時代の流れで輸送が激減、現在は年間200隻余りでそのほとんどが漁船やレジャーボートなんですって!

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 モノは考えようで、それだけニーズが下がったおかげで明治に作られた門が平成まで残ったのもあるよね?ニーズは少ないかもしれないけど、このブログも同じように細く長くやっていけたらうれしいなっ!
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プロフィール

犬人

Author:犬人
犬人 1976年8月26日生まれ
 犬と祭りとサッカーをこよなく愛するお調子者。2008年奇跡的に結婚。以後、嫁も愛する。2012年長男も誕生し、三人と一匹の家族生活は最高の一言!

ラブ 2004年4月29日生まれ
 三色毛モジャのコーギー犬。カイヌシに似て調子乗り。性格はヒト、イヌ問わずフレンドリー。でも売られたケンカは必ず買っちゃう太っ腹。カイヌシの結婚後、しばらく嫁にいじわるをし、嫁に小姑ならぬ「コ姑」と呼ばれるも、長男の誕生を機に改心。今はお姉ちゃん犬として活躍中♪

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